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【解説】原点回帰!ポーカーの歴史を学ぼう ROCK渋谷

皆さんこんにちは。

いままで、ポーカーにおけるたくさんの戦術や理論について解説してきました。

今回は少し角度を変えて、その歴史について徹底解説したいと思います。


ポーカーの起源


ポーカーの歴史に関しては幾分議論が必要です。ゲームの名前は、ドイツのポッヘン(pochen、「ノックする」の意)というゲームを先祖に持つ、フランスのポーク (poque) からきていると考えられていますが、このゲームが本当にポーカーの先祖であるのかどうかはよくわかっていません。ポーカーはペルシャのゲームアース・ナース (ās nās) に非常によく似ていて、アース・ナースがおそらくペルシャの水夫からフランス移民を通じてニュー・オリンズに入ったという説がよく行われますが、デビッド・パーレットはアース・ナースが文献上19世紀末以前に遡らないとして、この説を疑問視しています。

ポーカーのもうひとつの先祖と考えられているゲームは、ルネッサンス時代のゲームであるプリメロ (primero) とフランスのブルラン(brelan)です。イギリスのブラグ(brag)はブルランにブラフの要素を取り込んだゲームです。(当時すでにブラフの概念を使ったゲームは他にも存在した)。これらのゲーム全ての影響を受けて現在のポーカーが形作られた可能性も十分あります。

イギリスの俳優ジョセフ・クロウェルが1829年にニュー・オリンズで行われたポーカーゲームの事を記していて、そこに書かれているゲームは、20枚のカードを使って最も高いハンドを作ったプレイヤーが勝利するというルールで4人で行われました。1843年に出版されたJonathan H. GreenのAn Exposure of the Arts and Miseries of Gambling (G. B. Zieber、Philadelphia) に、ポーカーがニューオリンズからミシシッピの川船によって伝わり、通常ギャンブルとしてプレイされていたのだと記されています。

ポーカーが広まってすぐに、52枚のフルデックを使ってゲームされるようになり、フラッシュの役が導入されました。南北戦争の間にドロー・ポーカー、スタッド・ポーカー(手札の枚数が5枚のもの)、ストレート・ポーカーなどを始めとした色々なルールのポーカーが生まれました


日本におけるポーカーの歴史


日本では、クローズド・ポーカーと呼ばれるポーカーがプレイされているが、日本では多くの場合間違ったルールでプレイされています。日本ではカード交換を行った後に一度だけベット(チップの賭け)を行いますが、カード交換後のベットでは、プレイヤー達は自分の持っているハンドの強さに応じてゲームから降りるかどうかが決定できるので、戦略性が少なくなっています。

日本のようなカード交換後にしかベットがないルールでは、駆け引きが存在しない為、このようなポーカー本来の面白さが失われてしまっており、本来のポーカーの普及が重要です。


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